2011年5月9日月曜日

日本移民と同化

古い新聞の記事によるとブラジルの国会で日本移民の同化問題が採りあげられ、ある議員が鋭く批判した。理由は、日本移民は自分たちだけの社会を造り、日本の文化をそのまま持ち込み日本の植民地を造り上げているとのこと。日本移民廃止を議会で審議し投票に持ち込み、票は同点に分かれやむなく議長の一票で廃止を免れたという記事があります。
あの時代には植民地には日本語学校があり、そこでは日本と同じ教科書で日本語を学び、日本と同じスポーツ、剣道、柔道、野球、弁論大会と、植民地と植民地がともに競い合っていました。唯一の娯楽であり社交の場でもあったのです。日系のほとんどがブラジル人と交わることなく過ごすことが出来たのです。
あの頃は日系人の結婚も日本式に親同士の配慮により結婚を決め、よき人物を仲人に立てて縁が結ばれたようです。それでも殆どがうまく行き今日の日系人社会を造り上げてきたのです。
70歳以上の二世には精神的にも日本人で、日本語が達者で新聞や本などに日本語で素晴らしい文章を書く人が沢山おります。
あの頃はどんな小さな町でも日本人会があり皆のよりどころであり、助け合い、情報を交換する場でもあったのです。
第二次大戦とともに日系人の活動は禁じられ空白の時代になり、終戦とともに日系社会は混乱に陥った。戦後移住が再開され、日本の文化活動が復帰され同化現象は敏速に進み、どの家庭でもポルトガル語が会話の主で、どの家庭にも国際結婚者はおり、合いの児は珍しくありません。結婚は本人同士が決め、親が気に入らなくともお互い好きなら仕様がないと自分たちにはなかった恋愛を恨めしく思うのです。でもその分、離婚もずいぶん増えている。
昔盛んだった小さい町の日本人会はなくなり、もちろん剣道や柔道、野球、弁論大会も消えています。

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