2017年4月15日土曜日

随筆      療養生活

三か月間家を離れて大都市の娘の家で暮らすことになった
理由は健康診断の為だった、その間に従兄弟が見舞いに来て五冊の本を置いて行った、毎日が退屈だろうとの計らいと、彼は僕が本読むのが好きなこと知っていたからです。
五冊の本の中に三浦綾子の随筆集があった、早速手に取って読んだ僕の今の境遇に考えさせる事がたくさんあった。
僕は移民の中で、最も恵まれた者だと思っている、移住したパラナが土地の良く季候も作物に適して良く収穫できた、人間関係にも恵まれて良き妻に出会い、家族にも恵まれ、故郷へも四回も旅行して満ち足りた生活を送っていた。
最近便に血が混じって検査のためにクリチバの娘に身を寄せた。
そもそも地方から専門医者を求めてきた故だろう。病院には各専門の医者とあらゆる検査設備が整っていて、敏速に結果を知る事が出来る、腸の専門医によると、早速傷の所を取り除く為の手術をすべく、心臓の検査を受けたら、心臓を繋ぐ小血管に塞がった所をあ

り手術で広げてから、安全状態でしか,腸の手術は出来ないと、医者は説明した、先ず血液循環の薬を処方したら出血か多くなった、とりあえず,腸をラジオテラピアで治療することを勧めた、其の為に一か月をようした、毎日が一人で一日過ごすのにもてあましていたので、考えることが多くなった雨の降る日など今までの出会った人々を思いだして恋しかった、前に書いたように何も不足しない人生なのに寂しさがあった、満ち足りた人生とは言えなかった、その時に三浦綾子の随筆を読んで、彼女が幾つもの病に侵されても,神仰によって、夫と共に絶えず、神に感謝して祈る事に満たされた人生を送っていることを語っていた、僕自身結婚後洗礼を受けて、教会に通っていた次期があった、大人になってからの入信は疑問がのこるのです、大都市では新興宗教が大きな殿堂を築き貧しい人々からの献金により、反面病院では満足な手当ても受ず苦しむ人々を見ると矛盾した社会を思うのです。また崇教による争いもあまり深入り出来ない面があった。綾子女史があらゆる困難を神が与えた試練として、感謝と祈ることで乗り越えている事に感銘をうけたのです人間の心には侘しい時、淋しい時、悲しいとき、満たされない空間がある。その様なとき、神へ感謝して祈る事で救われる思いがした、、 国吉真一           

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