2012年1月13日金曜日

沖縄の米軍基地

此度 「運命の人」との題名の単稿本4冊著作山崎豊子著を読んで感ずる事が多かった。まず著者は大地で、中国に日本敗戦に残した少年の人生を書いた物語で有名です。実際にあった話の様に書かれて国民の感動を得たので。つい運命の人を読んでみた
物語は沖縄の日本復帰からすべて沖縄軍用地に関する物語で。私の今日までのウチナンチュとしての軍用地に関する意見が明確になった感じがする。沖縄が戦前日本で最も貧しい県だったのが戦後ヤンバルノ僻地まで暮らしが良くなったのは、アメリカ軍用地のおかげだと思っていた。軍用地故に起こるいろいろな問題を考えた時、長年にアメリカの軍用地化するのは沖縄民族の自立心を見失う結果になる恐れが有るように思われる。沖縄が薩摩に占領されて以来今日まで日本政府の為すがままになってきた感がある。今度の普天間基地移転にしても沖縄県民は県外移転を訴えている。確かに借地料を受け取る地主には働いて得る土地からの収入よりも利益があるのかもしれない。それでも県民は物質では得られない精神的に安心できない将来への不安を持っているのです。沖縄の日本復帰無くして戦後は無い、とアメリカと復帰交渉の際に条件としてアメリカ造築した道路や配電施設や水道施設や港湾施設を譲渡する条件に日本は1200万ドル支払う条件とした文書が交わされた。その中に400万ドルは幾つかの軍用敷地も返還することに協定がむすばれた。しかし基地返還しても農地と使用するには費用がいる、その費用をアメリカが払ってもらうよう交渉した。アメリカ議会は今日まで日本を守ったのはアメリカだと支払を拒否したので佐藤首相は日本の国民の税金で払ってまでしては国民が納得しえないので、アメリカのファンドに預金して払う約束を外務省を通じて公文書秘密として国民が知らずにいたのです。ある新聞記者が文書秘密をもちだし高等裁判まで争った,新聞記者の指名は国民は知る権利があり、新聞は知らせる任務があるとの理論から裁判が行われたのです、
そのご記者は沖縄に住みつき日本人に戦争犠牲とその後の米軍との問題を国民に知らせたのです。「運命の人」を読んで自分の生まれ島の県民の感情が解るようになった。ウチナンチュである以上軍事施設のない平和な島になって欲しいと望むのです。、

2011年12月31日土曜日

沖縄の家督相続

沖縄の家督相続は古くから伝わる習わしで民法により男女同権を定めているけど、未だに男子が継ぐのが掟で、その根拠は、掟を外れた場合にはその子孫の繁栄はともかく、不幸が重なると言われているので守るようである。相続にも序列があり、長男が家と屋号をつぐことになる.もし長男に男子がいない場合、もしくは14歳になり死亡した場合でも二男の二男が継ぐ習しに定められている。選ぶ訳にもいかない定めなのです。沖縄の風習がどうしてなのか考えてみた事がある。ある程度自然の法則によっているようにも思われる。私はㇿ-タリクラブで模範農業者として褒賞されたことがあった、その時貴方の年齢で農業に邁進する原動力は何かと問われた。私は次のように答えたのです。農業は土地に携わる仕事で。土地には人間に判らない事が沢山あるのです。たとえば同じ土地にピメンタを植えると辛い物が出来るし、またべテラバを蒔くとあまいものができる。同じ土地なのに種によって各も違ったのができるのです、小さい種のなかに各も違った遺伝子が組み込まれているのに不思議を感ずるのです、それだけではありません、ROBERTORODRIGUES前農務大臣の話によればサトウキビの原祖は竹から.進化したと言われる、種の進化について、牛で説明すると、ブラジルの牛畜産には二種類あって一つは肉牛で二番が乳牛です。肉牛は短期間で肥育し体重が重いように改良されてきた。選り抜いて最高の品種の精子を求めてきたその値段は何百万レアルもするので精子の値段も驚くほど高い。亦乳牛は雌が主体で改良されてきて、良い品種は多くの子牛を生むために受胎すると別牛のお腹で育てている。今少し自然の動物の世界で子孫繁栄を維持するために、ライオンは力の強いオスだけが種付けするようです。このように子孫の繁栄は男つまりオスにかぎる自然の掟です。日本の皇室も男子相続で一時男子の孫が生れず、女性も継承できる法律の学者を招いて検討した、話によれば畑は女で、男の遺伝子が血統を継ぐと考えたのです、幸いに男子の孫が生まれので議論は消えたのです。しかし沖縄で一族の相続で色々の問題が起きているようです
20111230日国吉真一.

2011年12月10日土曜日

2011年度を顧みて

今年も終年に近付いている、振り返って思う事を書いている、まず経済的には最高の年と言える。気候に恵まれて総ての作物が豊作であった事、そして値段も良かった事が農業者を潤したのです、次は家族全員が健康に一年を過ごし年末を迎えた事、私自身は年を重ねるごとに悟りへて幸せに思うのです、まず自分自身が幸せであれば自然と微笑み、顔に笑顔が現れ、また、モチヴアションも湧く,自信も生まれる、その事自体が会う人々にも良い印象を与えて幸せを与えるのだと思うのです、、今日までの歩んだ人生を演劇で表すならば、第一幕が自分の生まれた故郷の友達や村人達との交わりが、自分の性格に影響を与えたのだと思うのです。大二幕がブラジルに移住して得たお友達。主に戦後移住者の仲間、日本人会を通じての二世達、そしてブラジル人、主に農業者やカトリック宗教関係の友達や、組合関係の人々ですが、仕事が年と共に縮小するので人間関係も遠のき、家族の絆の大切さを感ずるのです。特に今年は身近な叔父や叔母を亡くして、また妻の兄と妹の夫も亡くしたのです。自分が取り残されたような感じがするけど、また神様はこの世に私を必要としていると残って居るとおもうのです。でも自分では終盤の幕を演じていると思われる。お友達が去る中で若い世代との繋がりがインターネットのFACEBOOKを通じてお友達になりメールを通じて多くの誕生祝いの言葉を頂いて幸せを感じております。
やる気を起こさせるのです、今後の目標は誰にも任せることが出来るようにコーヒー園を縮小して大豆かサトウキビに変更することで経営簡素化を計る計画です。

2011年11月26日土曜日

ブラジルの農業機械化

ブラジルの農業の機械化は大豆や綿、トウモロコシの栽培が機械化されてからだと思われる、それまでは労働者と馬が使われていた。ので、大面積になると。歩合作で経営されていた。70年以後はシチアンテでも小型のトラクターを所有するようになり、農業の機械化は進んだように見えた。殆どが農業融資を受けての購入ですから、農業者は殆どが銀行に借金ができた。天候不順で不作にでもなれば
借金は払えず翌年に持ち越された、また機械化により表土の流失も激しく、有機質の消耗も重なり、大豆や綿の種も購入し、肥料も施しての栽培ですから経費は50パーセント以上にもなった、機械化するようになって利益は減る一方で借金は膨らみ、土地を手放す農業者が出始めた。また余裕のある人は土地を広げて大型の機械化が進んできた。その時以後は不起耕栽培が導入されてからは表土流出や、種の出芽もよくなり,気候による損出はほとんどなくなった、近年には農作物の世界の世界市場が倍以上にもなり一層の大型機械化の道を歩んでいるといえる。特に広い面積のあるマットグロッソやバイヤでは土地が平坦なうえに農作物に気候が適して一年に二期作物を栽培して。機械もなお一層の大型化している、植え付けも5倍以上の面積をトラクターつで引っ張ってコンピウターで操縦しているようです。サトウキビ栽培も機械化が進み80人以上の労働者の仕事が機械一人で収穫し、しかも夜も休みなく働きますから工場もフルに運転している、運搬業もトラック一台で3台の車体を運び経費を節約している、また綿栽培に於いては多くの労働者を必要とでしたが、現在は植え付けから収穫まで皆機械化されている、コーヒ―栽培も平坦な土地では機械化が行われている。それでもまだ人での収穫が多いので労働賃金が上がれば機械化せねば生き残れないでしょう、」それ以外にも農業分野で目立つのは品種改良で、収穫が20パーセントも多くなっている、また除草剤の大量使用も大量生産に役立っている。現在のブラジルの農業はアメリカの農業生産に近づきつつあり、生産可能な土地はまだいくらでもあります

2011年11月13日日曜日

ブラジルの政治

ブラジル政治家の汚職への抗議マニフェストが各首都で行われた、現政府の大臣5人も汚職事件で辞職するか、免職に追いやられた。全てが報道人によって表面に現れたのです、その現実がほとんど前大統領ル-ラの政権時代に起こった事件で、現政権に発覚したと言える。なおも労働大臣もONG慈善団体との汚職が取り上げられている。その事を考えた場合に、至るところで政治家は党とグルで国民の税金を巻き上げているようです。少なく見積もっても800億レア-ルは国庫から出ていると、報道されているのです。ブラジルは世界でも税金の高い国で、その反面国の経費は膨らみ国債で補っているのです国民の生活が良くなったとの評価ですけど高所得と低所得の差は変わらず、低所得の教育も上がっていません。国民生活水準も世界の中で70番以下で、隣国のチリやアルゼンチンよりも低いのでも解る。農業や工業の民間企業は素晴らしく発達して労働者雇用も世界ではよい方でそれが消費に回りややインフレ気味の状態です。低所得者への援助も毎年上層しておるけど上と下の所得格差は広がるばかりです、いかに国民への税金が高いと言っても政治家や高所得者は税金を隠すか、他国に預金して税金をのがれているのです、政治家そのものが同様ですから取り締まれないようです中産階級はそれでも生活は楽ですから国の治安や教育や公通や医療機関が良くなれば素晴らしい国と思われる。

2011年11月5日土曜日

書く事の楽しさ

書くことの楽しさを覚えたのは「のうそん」の随筆を読んでからのことで、自分の考えていることや、思いついたこと、を文にして残したら、何時までも残るのではないかと思いついてからである。始めは自筆で書いていたけど、まず漢字が思い出せず。ひらがなで書き、事典を引っ張って漢字を入れての面倒でした、それでも自分で書いた随筆が「のうそん」に載ると嬉しかった、書くとなると、多くの文章や書物や新聞などを読んで、自分なりの意見を持たなくては書くヒントが浮かばない、また旅行や人との会話も大切のようです。今まで良い印象に残るのは。FOLHA DE SAO pAULOのコルナでANTONIO MORAESの記事はブラジル国民に勇気を農業者に与える記事が多かった、なお「JOSE BIONDO」のコルーナも良かった、あいにく日本新聞は読んでいませんので投稿者が多いけど、ただ宮村秀光氏の随筆は胸を打たれる文章でした。なお文芸春秋の著者の中では、山本七平の日本人離れのした感があった。書く事は頭に浮かぶとついすらすらと出てくる、やっと一つ、の作品が出来上がるとほっとする。自分でも満足感に浸ることが出来るのです。特にパソコンによっての、文章書きは訂正したり、また中に文を入れたりが簡単でなお容易い、文章は読む人に面白さや感銘を与えるのでなければ、読者を引き付けないと思うのです.例えば旅の文でも報告書のようでは読者を引き付けない。
旅の風景や印象をあたかも読者の頭に現場が浮かぶようになると最高だと思うのです。私は自分の書いた文章をポルトガル語に訳してみて娘に読んでみてもらったら。意味は分かるけど文法になっていないようで止めました
永田さんから小説を書くようにと原稿用紙を送ってくれたことがありました。つい誘われて書いてみましたけど当選しませんでした、当選作品を読んで感じたことは私の作品はストーリであって文学作品ではないことを感じたのでそ、随筆家は小説家にはなれないことをつくづく感じました。それでもインターネットのBROGには掲載してみんなに読んでもらっております。20111016

2011年11月2日水曜日

日本の政治の現実

私は外国に住んでいて現在の日本の政治が気になる、日本は豊かになった故にその付けが回ってきたかんじがする、今日まで国は多くの負債を抱えて豊かになった感じがするのです。直面している現在の問題、国家負債もその一つです。なお東北復興の問題。T PPの問題。普天間基地移転の問題。以上の問題は政府がねじり国会のなかで思うようには国会通過しないのです。まず野党の人民党は出来たら政権を奪回しようと待ち望んでいるので早めに国会を解散に追い込もうとしているし、国の復興を妨げると国民から嫌われるので協力せざるをえない。まず来年度の補正予算を通過させねばならない。
日米自由貿易の問題も工業生産者は賛成デ農業者と漁業と医療関係者は反対と、国民を対立させる立場に至っているようです、最も農業者は国民の食糧問題、現在30パーセントが地方の高齢者によって生産されているので、自由化すると農村に住む人がいなくなる恐れもある、将来人口が大都市に集中することは確実ですけど、速度が速まると思われる。もし世界の中東や日本近海で戦争にでもなれば日本が食料を輸入できなくなり、国内に大量の食糧を備蓄して世界市場の影響を受けない施設が必要です、それは石油も同様だと思う、また普天間基地の問題も日本国家を考えた時,中国やロシヤが日本近海を脅かしている現状では空軍の軍備を供えねばならない、国民が自分の国は自分で守るとの覚悟があれば憲法を変えても、また安保条約を放棄してでも、今からでもやるべきだと思うのです。日本には戦闘機など造る技術は十分あり、いや戦闘機は造らなくてもまた航空産業によって雇用も生まれるでしょう、また輸出の出来るでしょう、しかしアジヤ諸国との摩擦も生じるでしょう、いろいろ問題を考えた時に安保条約を維持して近隣諸国との友好関係を保った方が日本の得策のような気がするのです、日本はあまりにも進み過ぎた感があり、外貨を減らしても70年代に後戻りしてゆっくりと復興すべきとおもうのです、